第八話~第八話~矢島は日野雄介氏の古くからの友人で、主に異国の絵画や骨董などの買い付けを扱っている古美術商である。 日野家洋館、正面階段の踊り場に飾られてある絵画を見て矢島は深く感動した。 「こ、これは素晴らしい絵だ! 斬新さの中に古き良き時代を感じる…モネ、否、ルノアール? 一体誰の作品なのですか」 「こちらは宅の娘が描いたものですの」 日野婦人は矢島の言い方があまりにおおげさなので、笑いながらもおっとりと答えた。 「おほほほ。うちに飾ってある絵はたいていうめつが描いたものですのよ」 絵は、とある縁側に座る白くて丸っぽい生き物の背中が描かれていた。 それは物干し竿に干された、自らの衣類と思われる洗濯物を一枚ずつ取り込んでは丁寧に畳んでいるようだ。見方によって楽しげにも悲しげにも変化する不思議な作品であった。 題名は、「しろおばけのいる風景」となっている。 「上のお嬢様が描かれたと? いや、素晴らしい! これほどの作品を飾られているのなら、なるほど、今回私が持ってきたものなど不要ですなあ。はははは」 矢島はうめつの絵が相当気に入った様子だった。 「なんと、泣けてくる」と、涙を拭いた。 「この絵はうちにいる皆さんにも大層評判がいいのですよ。いつだったか、ある女中が仕事で大変な失敗しまして、上の方にそれはそれはそれは怒られましてねえ。この絵の前でしょげ込んでおりましたので、わたくし、声を掛けてみましたの。そしたら、彼女、笑っておりますのよ。どうやら、この絵を見ているうちになんだか笑ってしまったらしいのです。絵に力づけてもらっているのですって。わたくし、それは驚きましてねぇ。それよりもっと驚きましたのが、それからしばらくすると、その怒っていた方の女中がやはりこの絵の前に立っておりますのよ。わたくし、またどうしたのか聞いてみましたら、先にきつく怒りすぎたのを反省しているのだとのことでしてね。やはりこの絵に力づけてもらっていると泣いておりまして・・・」 日野婦人のおっとりとした喋り方は、やもすると心地好い眠気を誘う。矢島はあくびをかみ殺しながらうなずいて聞いている。 その矢島を助けるかのように 「いやはや、うぉっほっほ。どうかね、どうかね」 と顎をさすりながら自信満々家に現れたのは当家の主人、日野雄介、その人であった。 |